クリーンルームでロールtoロール方式のフィルム型太陽電池生産ラインを稼働させる国内工場
REPORT 03

国内メーカー動向 — 量産化レースの最前線

ペロブスカイト太陽電池は日本発の技術です。シリコン太陽電池で世界シェアを失った経験を持つ日本の産業界にとって、次世代太陽電池の量産化は「二度と負けられない」戦いと位置づけられています。本レポートでは、フィルム型太陽電池の量産で先行する積水化学から、大学発スタートアップまで、国内メーカーの戦略と進捗を整理します。

まず全体の構図を押さえておきましょう。国内勢の特徴は、各社が異なる製品タイプ・用途で棲み分けながら開発を進めている点にあります。フィルム型の積水化学、ガラス建材型のパナソニック、大面積化技術の東芝、小型・特殊用途のエネコートテクノロジーズ。互いの主戦場が重ならないこの布陣は、限られた国内リソースを分散させないという意味で合理的であり、結果として日本全体では次世代太陽電池のほぼ全領域をカバーする厚みのある産業ポートフォリオが形成されています。

積水化学・積水ソーラーフィルム — 量産化の先頭走者

国内メーカーの中で最も具体的な量産計画を進めているのが積水化学工業です。同社は2025年1月、ペロブスカイト太陽電池の事業会社「積水ソーラーフィルム株式会社」を設立しました。旧シャープ堺工場を取得し、初期投資約900億円を投じて100MW規模の生産ラインを新設する計画で、2027年の稼働開始を目指しています。この事業は経済産業省の「GXサプライチェーン構築支援事業」にも採択されており、国策として支援される量産プロジェクトの第一号と言えます。

積水化学の強みは、封止材や高機能フィルムで培った材料技術にあります。ペロブスカイト太陽電池最大の弱点である水分・酸素への脆弱性を、液晶パネル向けなどで蓄積した封止・バリア技術で克服するアプローチです。同社のフィルム型太陽電池は既に大阪本社ビルや東京都内の実証サイト、鉄道施設などで実装が進んでおり、2026年7月には滋賀県の県有施設(八幡工業高校体育館)への全国初の実装も実現しました。2030年までにGW級の製造体制を構築する方針を掲げており、量産規模・実装実績の両面で国内の先頭を走っています。

積水化学の先行には、量産規模以上の戦略的な意味があります。最初に量産品を市場に出すメーカーは、価格水準、保証条件、施工方法といった商習慣の事実上の標準を作る立場に立ちます。また、実装事例を積み重ねることで得られる屋外実働データは、耐久性への信頼を醸成し、後続案件の獲得を有利にします。国内外の競合が量産を本格化させる前に、どれだけの実績と顧客基盤を築けるかが、同社そして日本勢全体の競争力を左右します。

パナソニック — 建材一体型・ガラス型で差別化

パナソニックグループは、ガラス基板型のペロブスカイト太陽電池で独自路線を進んでいます。同社が開発するのは、インクジェット塗布方式でガラス建材に発電層を直接形成する「発電するガラス」です。サイズやデザインの自由度が高く、半透明にして採光と発電を両立できることから、建材一体型太陽電池(BIPV)としてビルの窓や壁面への展開を狙います。

神奈川県藤沢市のモデルハウスやオフィスビルでの長期実証を重ねており、建築物の意匠性を損なわない発電建材という切り口で、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)市場との連携を深めています。住宅設備・建材チャネルを持つ同社ならではの垂直統合戦略であり、フィルム型とは異なる市場を切り拓く動きとして注目されます。

ガラス建材一体型の事業化では、太陽電池メーカーとしての技術力に加えて、建築確認や防火認定といった建材としての品質保証、そして設計事務所・ゼネコンへの提案力が問われます。パナソニックは長年の住宅・建材事業で培ったチャネルと信頼をこの分野に持ち込める数少ないプレイヤーであり、発電効率の競争とは異なる「建築の文法」で戦える点が同社の独自性です。ZEB案件の増加とともに、建築業界からの引き合いは着実に増えていくと見られます。

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東芝 — 大面積化技術で量産の壁に挑む

東芝はフィルム型ペロブスカイト太陽電池の「大面積化」で世界トップクラスの技術を持ちます。同社は703cm²という大面積のフィルム型モジュールで、エネルギー変換効率15.1%を達成したと発表しました。小面積セルで高効率を出すことと、実用サイズのモジュールで高効率を維持することの間には大きな技術的隔たりがあり、東芝の成果は量産化に向けた重要なマイルストーンです。

鍵となったのは、独自開発の「1ステップメニスカス塗布法」です。従来2工程が必要だったペロブスカイト層の成膜を1工程に短縮し、成膜速度と膜質の均一性を両立させました。塗布ムラは歩留まりを左右する量産最大の課題であり、この製造プロセス技術は同社の競争力の源泉となっています。発電事業用途を見据えたタンデム型太陽電池の開発・実証にも取り組んでおり、中長期の高効率競争にも布石を打っています。

東芝のもう一つの強みは、発電システム全体を手がける総合エネルギー企業としての顔です。太陽電池単体ではなく、パワーエレクトロニクス、蓄電、エネルギーマネジメントと組み合わせたシステム提案が可能であり、ペロブスカイト太陽電池を「発電デバイス」から「エネルギーソリューション」へ引き上げる構想力を持ちます。インフラ事業で培った長期信頼性の評価技術も、耐久性が問われるこの分野では大きな資産です。

エネコートテクノロジーズ — 京大発スタートアップの挑戦

エネコートテクノロジーズは、京都大学の研究成果をもとに設立された大学発スタートアップです。小型・軽量セルの技術力に定評があり、IoTセンサー向けの室内光発電デバイスから事業を立ち上げ、トヨタグループとの車載向け共同開発や、宇宙空間での発電実証など、応用範囲を広げています。ペロブスカイト太陽電池は放射線への耐性が比較的高く軽量なため、人工衛星の電源としても有望視されており、同社は次世代太陽電池の「非住宅・非電力」市場を開拓するプレイヤーとして存在感を高めています。

スタートアップである同社の動きは、大手とは異なる速度感が特徴です。用途を絞った小型セルで早期に売上を立てながら、大手企業や自動車メーカーとの提携で開発資金と実証機会を確保する。この「小さく早く回す」戦略は、量産投資で大手に劣るスタートアップがペロブスカイト市場で生き残るモデルケースとなっており、後続の大学発ベンチャーにとっても参考になる事業展開と言えます。

その他の注目プレイヤー

4社以外にも注目すべき動きは数多くあります。カネカは太陽電池事業の長い実績を土台にタンデム型の開発を進め、アイシンは車載部品で培った量産技術を武器に参入しています。リコーは複写機のインクジェット技術を応用した室内光発電デバイスを展開し、大林組や日揮といった建設・エンジニアリング企業は、実証サイトの提供と施工技術の開発で実装側から産業を支えています。素材分野では、ヨウ素を供給する化学メーカーや、封止・バリアフィルムを手がけるフィルムメーカーが、セルメーカーの競争力を左右する重要なパートナーとなっています。

素材・装置・建設 — 広がる国内エコシステム

ペロブスカイト太陽電池の産業化は、セルメーカーだけでは完結しません。国内では素材から施工まで、幅広い企業が参入しエコシステムが形成されつつあります。

図表1|国内主要プレイヤーのポジショニング
企業タイプ・領域特徴・狙い
積水化学/積水ソーラーフィルムフィルム型(ロールtoロール)約900億円投資、2027年100MW稼働、2030年GW級へ
パナソニックガラス型・建材一体型(BIPV)インクジェット塗布、発電するガラス、ZEB連携
東芝フィルム型・タンデム型大面積703cm²で効率15.1%、メニスカス塗布法
エネコートテクノロジーズIoT・車載・宇宙用途京大発、小型高効率セル、宇宙実証
カネカ・アイシン・リコーセル・モジュール開発タンデム型、車載、室内光発電など各社の強み活用
大林組・日揮ほか施工・実証・導入建築物への実装ノウハウ蓄積、実証サイト提供

素材面では、発電層に不可欠なヨウ素を供給する国内化学メーカーの存在が、国産エネルギーとしてのペロブスカイト太陽電池のサプライチェーンを支えています(詳しくはブログ記事「ヨウ素が支える国産太陽電池の底力」を参照)。また、塗布装置・検査装置などの製造装置メーカーにとっても、量産ライン投資の本格化は大きな事業機会です。

シリコン太陽電池の時代、日本は技術で先行しながら量産投資の規模とスピードで海外勢に敗れました。この教訓から、現在は材料・装置・製造・施工を含めた国内サプライチェーン全体を維持・強化する「チームジャパン」型の産業育成が志向されています。各社の戦略は異なりますが、2027年の積水化学の量産ライン稼働を皮切りに、国内メーカーの実行力が試される局面に入っていきます。政策面の支援体制は政策支援と補助金で詳述します。

国内メーカーの動向を追ううえでの着眼点を最後にまとめます。第一に、量産ラインの稼働時期と実際の生産量。計画と実績の差分は、量産技術の成熟度を測る最良の指標です。第二に、実装案件の広がり。公共施設から民間建築へ、実証から商用契約へと案件の質が変わっていくかどうか。第三に、提携・出資の動き。素材、建設、電力、商社との連合形成は、事業化ステージの進展を示すシグナルです。これらを継続的にウォッチすることで、業界の実勢を先取りして把握できるはずです。